湖湘ぶんか
歴史の流れの中で、中国の経済文化の中心は何度も移転してきた。宋以前、湖南はまだ中華文明の周縁地帯にあった。宋時代、特に南宋以降、政治・経済・文化の中心が南下するにつれ、湖湘文化は栄え、理論の祖である周敦颐をはじめ、「湖湘学派」や岳麓書院を代表とする湖湘の書院群が生まれた。湘学はここに誕生し、湖湘文化は中国文化の重要な支流となった。
文芸芸術の面では、屈原の『楚辞』、欧陽詢の書、斉白石の絵画、沈従文の文学作品などが湖湘文化の芸術的魅力的を示している。湘劇は高腔・崑腔・乱弾を主とし、湖湘芸術の繊細さと深みを表現する。湘綉は「針を筆に、糸を墨に」し、布地に虎や獅子の模様を刺繍する、湖湘工芸の代表である。
湖湘文化は中華文明の重要な構成要素であり、中華文化の優れた伝統を継承しつつ、歴史の発展の中で独自の地域文化のアイデンティティを形成した。湖南だけでなく、中国全体に対しても深い影響を及ぼしてきた。